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grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

一年前、ヨコスカで戦艦三笠をみた

ちょうど一年前、横須賀に戦艦三笠を見に行きました。

一年、早いですね。文字通りあっという間です。

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記念艦「三笠」公式ホームページ|神奈川県横須賀市

 

f:id:grenelle165:20151101080615j:plain ピカピカの操舵室

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何のパーツか忘れましたが、製造元が刻まれたプレート。
学生時代に一か月過ごした英北部の町、ニューカッスルの名があり思わず撮影しました。19世紀から20世紀初頭は世界に誇る造船の町だったんですね。

 

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どちらかというと中高年や「男性一人」の見学者が多い中で、子供たちの姿もありました。

 

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甲板でモデル撮影。戦艦でなんてシブいですね。なんの雑誌?でしょうか。

 

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おなじみの絵!

 

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館内にはたくさんの展示室がありました。

いろいろな展示やパネル、ビデオを見て、日本海海戦の勝利は、天才提督、参謀による戦術やバルチック艦隊の長旅の疲れというだけでなく、むしろ、当時、国際的にも国内でもロシア帝国がかなり追い込まれた状況の中で、そもそも戦争ができるような状態ではなかったということが改めてよくわかりました。

日英同盟の中での多岐にわたる英国の協力も大きかったですし、個々の事件、たとえば、ロシアの焦りが生んだ回航中の「ドッガーバンク事件(北海で操業中だったイギリスの漁船をバルチック艦隊が日本の艦艇と誤って攻撃)」なども、その後英国が各国で艦隊に補給させないように協力に働きかけたことで日本海海戦の勝利の遠因になったようです。

 

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ちなみに、この海戦でのロシアの戦死者は4,803名(日本は117名)。
いろいろと勉強にはなりつつも、やはり、長い長い、辛く緊張の絶えない航海を経て、一瞬にして命を落としたロシアの将兵と、大勝利に沸く中でどうしても忘れられがちであっただろう日本側の戦死者のことを思うと、複雑な気持ちになります。

(ちなみに「黄海海戦」は日清戦争日露戦争の両方であったそうです)

 

帰りは京急で蒲田まで出て、「バル肉寿司」さんで一杯。

ぐるなび - バル肉寿司(蒲田/ワイン)

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こじんまりと落ち着いた雰囲気のお店で、内装もちょっぴりユーモラスです。
肉の寿司もさっぱりしていていくつでも食べられそうでした。

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