grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

その心配は幻想かもしれない

今年いっぱいで、今の会社を辞めて前の職場に戻ることになりました。

 今の職場で働いたのはわずか1年8ヶ月。高圧的な直属の上司、事前説明もなく振られる大量の仕事、入社前に話し合った内容と大きく異なるキャリアパス・・・中途で入り、手探り状態だった私にとっては厳しい環境でしたが、実に多くの経験と学びがありました。

それは、仕事を進める上でのスキル、テクニックもそうですが、一番、身にしみて実感したのが「心配しすぎない」こと。「不安や心配は幻想である」と言い切ってもいいかもしれません。

在職中、例えば私は次のような事をよく心配し、不安に思っていました。

・自分は評価されていない。特に、直属の上司には何を言ってもダメなんだ。

・また上司のハンコがもらえなかったら、仕事が止まってしまう。これ以上時間をロスしたら困る人が沢山いる。会社に損失を与えてしまうかもしれない。

・こんなに沢山仕事があったら、期限までに到底終わらない。そうなったら多くの人に迷惑をかける。

・配属も仕事内容も、入社前にした話と違う。上司との関係もキツい。このような苦しい状況が続いたら、いつかは心を本当に病んでしまう(実際、睡眠に支障が出て、3週間ほど休職した時期もありました)。再転職も簡単にはできないし、働けなくなったら経済的にも今後どうなってしまうんだろう。

・(再転職を決めた後)短い期間で退職することに関し、周囲の風当たりは相当強いだろう。仕事上では嫌がらせを受けないまでも、冷たくされるくらいは覚悟しなくては。ましてや、辞めてから人間関係が続く事は期待できないな。

でも実際には、個別の出来事はさておき、「全般的かつ結果的に」、全ての心配は当たりませんでした!「だいじょうぶ」でした!

例えば、自分は評価されていないという心配。もちろん、私が出色の結果を残し、あらゆる問題を解決して会社の利益に貢献した、、、というような事実は(残念ながら)ありません。それでも、少なくない方々が、私の仕事ぶりと、そのささやかな成果を認めてくれ、辞める事を残念がってくれました。もちろん、マイナスの評価もあるはずで、それが私の耳に届いていないだけだとは思いますが、事実、聞いていないのであれば、「どうせ陰では悪く言われてるんだろう」などと邪推して、わざわざ「あること」にする必要はないのです。そうなると、もう、100%、自分の心配は杞憂=幻想だったと言い切っていいでしょう。

それ以外の「心配事」も、もちろん、全てがスムーズに行ったわけではないですし、心配が的中した事も多くありましたが、一方で、予期せぬ出来事が起きて自然に問題が解決されたり、棚上げになったり、あるいは思いもかけない(外部からの)支援を得られたりして、「結果的」「最終的」にはほとんどすべて「だいじょうぶ」でした。

その一番の出来事が、古巣が中途の募集を再開したことです。当然、一度辞めた職場に再チャレンジすることに葛藤はありましたが、そもそも、そのような機会が出てくるとは、休職した当時は夢にも思っていませんでした。

そして、転職を決めた後に私が最も気にしていた、「辞める事で、今まで人間関係が良好だった人との関係も崩れてしまうのではないか」については、まるっきり逆で、多くの人が、私の苦渋の決断を喜んでくれた上に、今後も交友を深めましょう!と言って送り出してくれたのです・・・

一方的に辞める、しかも、ごくごく短期間で前の職場に出戻る決断をした人間に対し、そのような反応を示してくれるとは夢にも思っていなかったので、私にとってはまさに奇跡でした。

それはつまり、頭の中で考えたあらゆる心配事は、幻想に過ぎないということ。

過程では色々なことがあっても、結局、大丈夫なんだということ。思い描いた通りにはならなくても、何とかなる。少なくとも、心配していたようにはならないということ。

そして、不安や心配を少しずつ手放せば、最後は、感謝が残るということ。

これから、生きて行く上で、当然、色々な不安や心配事にとらわれることはあるでしょう。今回、経験したような事柄をはるかに上回る、不運や困難に遭遇し、底知れぬ不安に陥ることもあるかもしれません。

でも、その時は、目の前の状況からはとてもとてもそう思えなくても、「その心配は幻想かもしれない」と、少しだけでも疑ってみる。そうすれば、意外なところから幸運をたぐり寄せることができる、、、そして、「自分はすでに恵まれている」「だいじょうぶなんだ」ということに心の底から気付く事ができるかもしれません。

 

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