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grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

山登りで感じた「集中すること」による瞑想効果

三連休の初日は、妻と妻の友達夫婦と一緒に栂池へ!

根が夜型の私にとって4時半起き、新幹線とバスで4時間の長旅はちょっと疲れましたが、ロープウェーとゴンドラから見た紅葉と白馬連峰のかがやきに眠気も吹っ飛びました!

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もともと日帰りの予定だったので、今回はビジターセンター脇の登山道入り口から天狗原まで、せいぜい2時間半の往復でした。それでも、木々の隙間から見える山々やふもとの景色を眺めながら、足元を踏みしめて一歩一歩登って(降りて)いると、日々の仕事の苦しさや行き詰まり感を完全に忘れることができました。

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ここ数ヶ月、寝る前の瞑想で頭を空っぽにして、心の落ち着きを取り戻そう・・・と努力していたのですが、どうしても不安や心配をぬぐうことができない(逆に浮かんできてしまう)ことが多かったのです。

でも、今日、短い距離でしたが山登りに没頭してみて、「『頭を空っぽにしよう』とするより『何かに集中する』方がリラックスできるし、気持ちがいい!」と感じました。つまり、心身ともに何かに集中することで、瞑想で期待していたような効果が得られたのです。

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とはいえ、わき目もふらず一心不乱に歩いていたのではなく、妻や友達とたわいもない話をしたり、写真を撮ったり、鼻歌を歌ったりと、いたって注意散漫でした(笑)。それでも、結果的に心は歩くことに集中していました。これも、一つのポイントかもしれませんね。つまり、完璧でなくても(ふらふらと別のことをしたり、遊んでしまっても)、リラックスしてトータルで何かに集中できていれば構わないということです。

このところ、瞑想しようとして集中できていない=上手くできない、というのが自分のちょっとした悩みでしたが、瞑想では、

・頭を空っぽにすることにとらわれなくていい(むしろ体の動き=呼吸などに集中してみる)

・完ぺき主義にとらわれなくてもいい(別のことを考えたり、悩みなどが出てきてしまっても構わない=瞑想は一応できている)

・いつでも、どこでもいい(静かで落ち着いた環境で「座って」いなくてもいい。掃除、洗濯物干し、料理など何でも)

ということなのかな、と思います。

今日は短い時間でも集中して山を登ったことで、心地よい瞑想状態を体で知ることができた気がします。

生まれて初めて登った北アルプスでしたが、ごく一部、ほんの少しだけでしたので、次回は同じルートからさらに足を伸ばして、乗鞍岳白馬大池まで行ってみたいです。

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