grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

ホエールズとベイスターズのこと

一昨日、横浜DeNAの三浦投手が今期4勝目を挙げました(祝)!

これで通算165勝のはずです。200勝は厳しいよなぁ・・・でも、本人が納得するまで、1年でも多く投げ続けてほしいと思います。

いきなりでしたが、私、横浜大洋ホエールズ時代からの横浜ファンなのです。

小学生の頃は年に数回、家から電車を乗り継ぎ、最後は根岸線に乗って関内まで行き、その頃、関内に勤めていた父と駅で待ち合わせ野球を見に連れて行ってもらいました。ナイター観戦のため初めて一人で電車に乗ったのは小学2年生だったと思います。結構、チャレンジャーだったかもしれません。親も心配だったと思いますが、多分、私なら大丈夫と信頼してくれていたんですね。

初めてスタジアムで見たホームランは、何と、山下大輔のホームランでした。ショートで何度も「ダイヤモンドグラブ」賞をとった守備の名手ですが、ホームランはそんなに打っていないはずなので貴重な経験です。白球は見事、レフトスタンドにライナーで飛んでいきました。逆に、当時の大洋の主砲・オバQ田代には三振の記憶しかありません・・・(スミマセン)。たぶん、運が悪かったのでしょう。

それにしても、地元という理由以外に、なぜ私が大洋に惹かれたのかいまだもって謎です。そもそも周りは当然のように巨人ファンばかりでしたし、小学校に上がった年に原辰徳がデビューしたこともあって、実をいえば自分の中では今でも野球選手といえば「原」なのです。その後、大いに期待された吉村も好きでした。監督といえば藤田さん。王さんは当時「助監督」で、子供心に「助監督って何するの?」と不思議に思っていました。

しかも、同じクラスだった広島からの転校生からは「やっぱりヨシヒコじゃけ」と吹き込まれ、広島ファンへの転向を熱心に勧められました。当時は超黄金時代で魅力的な名選手も多かったので、かなり心がぐらつきました。

しかも時は85年の阪神優勝。関西とは縁遠かった私にも強烈なインパクトのある優勝でした。

こんな中、かろうじて大洋ファンに踏みとどまったのはなぜだったのでしょう・・・分かりません。本当に謎です。

90年代は、屋敷や高木など生え抜き看板選手を放出して駒田を獲ったあたりから風向きが変わり、盛田-佐々木のリレーなど投手陣も整備されて98年の優勝につながります。しかし、その後は性懲りもなく徹底的に低迷しているのはご承知の通りです。

最近も、内川や村田など、いい選手は出るのにことごとくみな「卒業」してしまいます(当然と思います)。おまけに、長年チームに大きな貢献をした選手の去り際の気まずさと寂しさ・・・石井、鈴木、佐伯・・・色々と思い返すと、ベイスターズには長年培われてしまった「敗者のメンタリティ」というか、何か構造的な問題があると思わざるを得ません。

こんな話を前職の野球好きの先輩にしたところ、「4522敗の記憶」という本を紹介されました。

その先輩によると、ベイスターズホエールズがなぜ弱い(弱かった)か、それは構造的な複合要因があるに違いないという、私も含め長年のファンの疑問に答えている名著、とのことでした。

でも、なぜかまだ紐解く気がしないんですよね・・・

いつか読むとは思うのですが、それは多分、三浦大輔が引退するころになるんじゃないかと、そんな気がしています。 

4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史

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