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grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

小保方さん博士論文:調査報告書を読んで

小保方さんの博士論文について、先日、調査委員会は「信憑性も妥当性も著しく低く、審査体制がしっかりしていれば合格していなかった」とした一方、博士号については「学位取り消しの規程には当てはまらない」との判断を示しました。

どうも腑に落ちなかったので、早稲田大学のウェブサイトに昨日公表された報告書の該当部分を読んでみました。

http://www.waseda.jp/jp/news14/data/140717_committee_report.pdf

学位取り消しの条件は「不正の方法『により』学位の授与を受けた事実が判明したとき(早稲田大学学位規則第23条1項)」とのことですが、小保方さんのケースは最終的にこれに該当しない、なぜなら、「不正の方法と学位の授与に因果関係はないから」という見解が示されています。「不正の方法」は一部あったが、学位を受けたのは、その不正な方法『による』ものではない、という理屈のようです。

「学位=博士論文の合格」と思い込んでいた一人として、この理屈はあまりに不自然に思えるのですが、それ以上に驚いたのは、「論文がダメだったとしても、学位の剥奪の判断は慎重にしなければいけない」という判断の背景ある考え方です。

なんと、博士号の取り消しは「(博士号を前提とする就職など)生活および社会的関係の多くを基礎から破壊する」ことになり、要件に該当するかどうかは、この点に配慮し厳格に行われなければならない、と書いてあるのです!(報告書p47~48)

この考え方が通用するのであれば、過失に対してそもそも何の責任も問えません。例えはよくないかもしれませんが、泥棒の「生活および社会的関係の多くを基礎から破壊する」ため、泥棒の逮捕は慎重にすべし・・・というようなことを言われているようにも思えます。

調査委員はもちろん「そんなことが言いたいのではない」と反論するでしょうが、そもそもが、学位取り消しナシという結論ありきで、苦し紛れに「学位論文の授与は、不正の方法『による』ものではない」という屁理屈や、「博士号を取り消すと本人が困る」などという甘すぎる考え方を並べ立てているとしか思えません。

小保方さんは、この報告書を本音でどのように思ったか、私は知る由はありませんが、理研や早稲田の「権威を守りたい」「他の学位授与者への影響を避けたい」という組織の論理はさておき、小保方さん本人としては、学位やポスト、つかみかけた名声、研究者としての(当面の)未来・・・これら全てをリセットすることを恐れずに、是非、勇気を持って今後の人生を歩んで欲しいと思います。

それは並大抵のことではないでしょうし、世間の逆風も相当なものでしょう。それでも、小保方さんが長い時間がかかってもどん底から這い上がる姿を楽しみに待っている人も少なくないはずです!