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grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

久々のアルセーヌ・リュパン

今日は気分転換のため、久しぶりにアルセーヌ・リュパンを読みました。ルパン最初の冒険を描いた「カリオストロ伯爵夫人」です。カリオストロクラリスといった、ルパン三世でもおなじみの名前が出てきます。

f:id:grenelle165:20140719200259j:plain(1986年6月6日 23版)

この作品を読んだのは恐らく26年ぶり、中学2年生以来です。当然、ストーリーは全く覚えていませんでした。

小学生の頃からポプラ社のルパン全集に親しみ(図書室にズラリと並んでましたね)、中学に上がってからは創元推理文庫を紐といてむさぼり読みました。快活で自信に満ち溢れ、不可能を可能にする男。敵には傲岸不遜、どんな窮地に陥っても決して屈することなく知性と超人的エネルギーで常に逆転勝利を収める男。(美しい)女性や弱いものにはめっぽう優しいが悪党には徹底的に容赦しない。それでも、卑劣な手段を嫌い、決して命を奪うことはない繊細な魂の持ち主。思春期の私にとって、何でもできて徹底的にモテまくるルパンは衝撃の存在でした。ルパンの騎士的ダンディズムは、実生活ではとても生かせそうにないとその頃から思っていましたが、それでも、自分にとってはどこか心惹かれるあこがれの男だったと思います。

今日、久々に読んでみて、登場人物の心理を細かく描きながらスピード感を失わないルブランの筆力はさすがと思いましたし、古風な日本語訳も味があって楽しめました。そして何より、若い頃のワクワク感を久々に思い出しました。当時のヨーロッパへのとてつもなく強い憧れや、「古城」「廃墟」「古文書」「暗号」など、ルパン作品に多く出てくるモチーフになぜか心が躍った感覚が、本に目を通しながらじわじわとよみがえってきました。

その後、大学でフランス語を学び、就職してフランスに駐在する機会を得られたのも、おそらく、若い頃から強く心にイメージしていたことが現実化したのでしょう。いずれにしても、子供の頃、ルパンシリーズに出会わなかったら、フランスに住むことはなかったでしょうし、ルパンシリーズは間違いなく、自分にとってヨーロッパへの、フランスへの窓であり、導き手だったと思います。

カリオストロ伯爵夫人」の舞台はノルマンディとパリ。作者のルブランはルーアン出身ですから、まさに、地元を舞台にした作品です(同じく地元が舞台になった代表作は「奇厳城」ですね)。作品中には地元の地名がとても詳しく出てくるのですが、残念ながら私は、在仏当時、ノルマンディは仕事の機会も少なく、プライベートでもゆっくり旅行できませんでした。この地方で訪れたのは、ルーアン、エトルタ、オンフルールくらいでしょうか。ルーアンからパリに帰る途中のガイヤール城の廃墟もよく覚えています。ジュミエージュの僧院(廃墟)にも行きたかったのですが(「地球の歩き方」にも出ています)機会がありませんでした。いつか、作品に出てくる「コオ地方の7つの僧院(ジュミエージュも含む)」や、デチーグ屋敷があるベヌーヴィル(Bénouville:調べたらエトルタのすぐ隣でした!)、財宝が隠してあったル・メニル・ス・ジュミエージュなどにも行ってみたいと思います。

今、ルパンが読書界で大々的に人気を集めていることはないと思いますが、昨年か一昨年、フランスでルブランの未発表作品(恋愛小説だったと思います)が発見されて話題になったように、作者のルブランも、ルパンも依然、フランスでは根強い人気があるようです(例えば、パリのサンミッシェルにある本屋「ジベール・ジョセフ」の推理小説(roman policier)コーナーに行くと、ルパンのペーパーバックが揃っています) 。その人気の源はどこにあるのでしょうか。それは恐らく、ルパン自身の屈折したキャラクターにあると思います。全知全能のスーパーマン、不可能なものはなく、望むものは何でも手に入れる。勇敢で大胆不敵なジェントルマン。目的達成のためあらゆる手立てを使うが、決して人殺しはしない。ターゲットは常に弱者の敵。鬼警部ガニマールの鼻を明かし、大衆の喝采を浴びる。しかし、やっと手に入れた幸福は、最後の瞬間でいつも指の間からこぼれ落ちてしまう。「緑の目の令嬢」のオーレリーは最後にルパンから離れていき、「奇厳城」のレイモンドは死んでしまう。クラリスも「産後の肥立ちが悪く」結婚6年目で死んでしまい、一人息子はカリオストロに誘拐されて・・・そして最後に残るのはいつも、不幸だった少年アルセーヌを育ててくれた乳母のヴィクトワールだけ。そういうルパンの根源的な悲しさ、孤独、悲劇性がフランス人は好きなんだと思います。その意味で、アルセーヌ・ルパンは、フランス人独特のアイロニカルな人生観を体現した、国民的ヒーローと言えるのでしょう。