grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

祖母の法事で思ったこと

昨日は法事のため鎌倉に行きました。祖母の37回忌でした。

祖母が亡くなってから随分と経ったこともあり、今回は、91歳の祖父と私の両親、叔父夫婦、私と家内だけの小じんまりとした法事でした。

私にとって法事といえば、子供の頃は「お経が長い、退屈、足がしびれる、親にお行儀についてとやかく言われた・・・」という苦めの思い出ばかりで、学生時代は部活の試合があるとか、大したこともないのに試験勉強が大変とかでサボったことも何回かありました。多少大人になっても、参加は「長男の義務」という程度の認識で、法事は一つの淡々とした行事に過ぎませんでした。

しかし今回は、今までとはちょっと違った法事になりました。流れややることは今までと何ら変わることはないのですが、お寺の住職が祖父や父、叔父に、最近出版されたという昔の鎌倉の写真集を見せて、みな、「覚えてない」「こんな感じだったっけ」といいながらも、どことなく嬉しそうな様子で昔話をしていたことや、私も、寺の裏山の中腹から、霧雨に煙った材木座の海を眺めながら、かつてない懐かしさに打たれたことなど、今までの堅苦しい法事になかったような、ほのぼのとした家族の様子や、見慣れた景色にもやや感傷的になっている自分がありました。

法事の後は、叔父の車で昼食に向かったのですが、車中では叔父夫婦が昔話を色々と話してくれました。祖父は戦争から復員後、祖母と結婚し、その後色々な仕事で生計を立て、しばらくしてある機械部品メーカーの工場長を努めました。そういう表面的な話はもちろん今までも知っていたのですが、その頃の話で、例えば、納期が間に合わない時に、祖母や父、叔父が総出で、家の車庫で内職(1個1円)で部品を作ったこと、賃上げ交渉があり労組に家まで抗議のビラを貼られたり、裁判を起こされたりして苦労したこと、工場にまだ電話がなく、家に仕事の電話があると祖母が(自転車で?)祖父に知らせに走ったこと、その他、家族の中の細々とした話(祖母がいつも子供たちを叱っていた、頭痛持ちだった等々)など、今まで聴いたことのなかった「プチ・エピソード」を聞き、戦後から高度成長期を力を合わせて一生懸命に生きる姿、昭和の一家族の姿を、私の限られた想像力の中とはいえ、リアルに、生き生きとイメージすることができました。それと共に、私がいまここに在ること、生まれてこの方、何不自由なく過ごしてきたことが、祖父や父の世代が日々一生懸命に生きた証であるということを、叔父夫婦の何気ない思い出話から、改めて、深く心に刻むことができました。

本来、法事というのは、決してルーチンの行事ではなく、在りし日の個人を思い出しその面影に思いを馳せる(=供養する)こと、そして、故人と共に生きた人たちが、故人を媒介として、結束、絆、何か言葉にするのが難しいような、深い部分での結びつきを強めるためにあるのだと。そのことを深く実感した法事になりました。

今までも時々、祖父には戦争体験や、その他昔話など(足が速くて運動神経がよく、私に雰囲気が似ているという夭折した祖父の兄の話など)も聞いたことがありましたが、今度は法事のような機会だけでなく、時々実家に行った際にも、何気ない昔話を聞いて意みたいと思いました。きっと、祖父や親にとって、昔話をすることは何かしら心の「セラピー」にもなるでしょうし、今後自分が生きていくうえでの支えになることでしょう!

写真集はぜひ祖父にプレゼントしたいと思います。

 

昭和の鎌倉風景 around1955

昭和の鎌倉風景 around1955