読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

アルジェリアのこと

サッカーW杯でアルジェリアが決勝トーナメントに進出しました。4回目のW杯本大会参加で、初の一次リーグ突破だそうです。私は試合全部は見ませんでしたが、ゴールシーンはとても力強く、守備を固めるばかりだった前回W杯から長足の進歩を遂げていました。

往年のサッカーファンには、’87年1月の雪の国立競技場、トヨタカップで決勝ゴールを挙げた名選手、マジェールを覚えている方も多いのではないでしょうか?私は当時小学6年生でしたが、実況アナウンサーの「まじぇ~~~る」という絶叫が耳に残っています。しかし、FCポルトのエースだったマジェールがアルジェリア出身ということはほとんど知られていないようです(私も後から知りました)。

それにしても、アルジェリアが日本の一般メディアに登場するのは、昨年1月のイナメナスのプラント襲撃事件以来かと思います。それ以前は、メディアでいつ話題に上ったか分からないくらい、日本では一般になじみの薄い国のひとつです(年配の方は、フランスからの独立戦争を描いた映画「アルジェの戦い」や、歌謡曲カスバの女」を連想されるかもしれません。作家のアルベール・カミュアルジェリア生まれです)。しかし、私にとってアルジェリアは縁のある国のひとつで、前職でパリに駐在していた頃、仕事で計6回、アルジェに出張しました。一回10日ほどの出張だったので、延べ2ヶ月以上、滞在したことになります。パリの事務所には気の合うアルジェリア人の同僚もいましたし、アルジェ出張中に知り合ったアルジェリア人の中には、パリの自宅まで遊びに来てくれたり、いまだにメールやFacebookで近況を報告し合うような友人もできました。国内にいくつかの民族を抱え、社会階層による違いもあるため一概には言えませんが、私の印象ではアルジェリア人には親切で、情が深く、喜怒哀楽がくっきりした気質の人が多いように思えました。友情も恨みも心に深く長く刻まれ、喜びと涙の落差が大きい。一言でいえば「激情型」の国民性といえるかもしれません。今まで、欧州、中近東を中心に色々な国を仕事や旅行で訪れましたが、自分の人生はこの国と目に見えない縁があるのではないかと、運命的な何かを感じる、不思議な引力をもった国でした。03年の3月、飛行機の窓から初めてアルジェリアの大地を目にした時の、「既視的な」懐かしさは何だったのだろうかと、今でも時々思い出します。

アルジェ出張時は、毎回、西郊外の空港から市内に向かう途中の国際見本市会場で仕事をし、宿泊先も会場隣の Hilton Hotel だったので、ゆっくり町を見る時間はなかなか取れませんでした。それでも、何度か隙を見て「脱出」し、食事や街歩き、名所見物を楽しむことが出来ました(テロへの注意喚起はありましたが、私が現地に行った03年~07年は治安も少しずつ落ち着いてきた時期でした)。今日は、出張中に撮った写真から、当時の町の雰囲気をご紹介したいと思います(2004年6月9日撮影)。

アルジェの西側の丘にたたずむ Nôtre Dame d'Afrique ノートルダム・ダフリック大聖堂(1855年定礎)

f:id:grenelle165:20140629000125j:plain

 

大聖堂からアルジェ港方面を臨む(眼下にサッカースタジアムが見えます)

f:id:grenelle165:20140629000348j:plain

 

アルジェの繁華街、デドゥーシュ・ムラッド通り(Rue Dedouche Mourad):

南仏の町を思わせる青い手すりのバルコニー。この後、地元の食堂でパエリアを食べました(残念ながら写真はなし)f:id:grenelle165:20140629000941j:plain

 

カスバの入り口(かなり崩落が進んでいますが、かなりの住人がいました)

f:id:grenelle165:20140629001418j:plain

f:id:grenelle165:20140629001444j:plain

 

この子達もかなり大きくなっている(10代後半?)でしょう。元気だといいなぁ・・・

f:id:grenelle165:20140629001555j:plain

いつか必ず、アルジェを再訪できることを願いつつ!