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grenelle165's blog

ふと考え、感じたことをできるだけ素直に綴りたいとおもいます

村上春樹の恋愛短編アンソロジー

村上春樹の恋愛短編小説アンソロジー『恋しくて TEN SELECTED LOVE STORIES』を読みました。

読書メーター」に書ききれなかったので、こちらにそれぞれの感想を。

 

〇愛し合う二人に代わって

報われることがあまりない(と私は経験上そう思います)長年の片思いが、最後に「さらりと」叶うという、とても幸せな作品。諦められない片思いを、相手よりも、運命が救ってくれたという印象。長い片思いを叶えてあげるのは、小説=物語の素敵な役割の一つだと思う。田舎育ちの若者が都会に出たが夢破れて故郷に戻り幼馴染と顔を合わせる、という流れはよくありがちではあるが、親近感が沸く読者も多いのではないか。代理結婚式というのはそれ自体がフィクションだが、モンタナ州でそれが法的に認められていること、さらにイラク戦争によるニーズ増加という世相が重なり、結婚式に切迫感と重みを与えている。

好み度(5段階):☆☆☆☆

 

テレサ

巨漢中学生の片思い。教室で話しかけられず、じっと見つめては目が合いそうになるとそらしてしまう。そして下校の時に後をつける・・・。ミドルティーンの心理描写には感情移入できなかったが、テレサの「飛び出しナイフ」が、やけに地味でリアルな物語の中で唯一、読み手をハッとさせる力を与えてくれる。

好み度:☆☆

 

〇二人の少年と、一人の少女

味わいは「テレサ」に似ているがこちらの方が好き。淡々と進む三角関係。片思いの少年の思いは実を結ず、それ自体は何ということもないが、最後の「赤いペンキ」が強いインパクト ― それは読み手に対してだけでなく、少年にとっても恋が叶う喜び以上の力強い何か ― をもたらしたと思う。大逆転の赤いペンキ。会話がかぎかっこなしの改行で進むのも新鮮。原文はどうなってるんでしょうか。

好み度:☆☆☆

 

〇甘い夢を

恋愛初期の期待と不安、好きだけど相手のことが良くわからない、これから先二人がどうなるのかもよくわからない・・・といった心の揺れが丁寧に描かれていると思う。バスで出会った小説家のインパクトが今一つ。

好み度:☆☆

 

〇L・デパードとアリエット 愛の物語

本アンソロジー中の最高傑作。多分、自分の好みだからだと思うが突出している。もし自分が小説を書くなら、これくらいスケールが大きく、かつ、想像力に訴えかける(行間を生かした)短いものが書けたらよいと思う。二人の愛の物語は、20世紀初頭の、時代の価値観が近代から現代に移り変わる、ギリギリとした摩擦の上に乗っている。第一次大戦も、スペイン風邪も、デパードが被った前近代的な罰も、女性の生きる幅を広げたアリエットの活躍も、すべてこの時代の軋みと無縁ではない。時代と個人が紡ぐ大河小説。小説の長さとスケールは関係ない。二人は引き裂かれた後、決して会うことはなかったが、魂は常に一緒だった。物語のクライマックスは悲劇だが、その後の長い年月をかけたハッピーエンディング。究極的にポジティブな愛の物語。これだけ濃密なのに短いのも忙しい読み手には本当に助かります。

好み度:☆☆☆☆☆

 

〇薄暗い運命

とにかく、人を愛することの救いのなさ、ある意味での無駄さが示されていると思う。好きではないが、無視はできない作品。

好み度:☆☆

 

〇ジャック・ランダ・ホテル

うーん、ノーベル賞作家で短編の名手による恋愛上級者向け物語とはいうが、正直良さが全くわからない。恋愛上級者がというより、力のある小説家がプロの視点からみた良い作品なのでしょう。

好み度:☆

 

〇恋と水素

ますます良さが分からない。大人の男同士の同性愛@飛行船という設定が、コミカルさ、軽妙さを与えているが、これが男女の恋愛だったら何も面白くなかったし、救いもなかっただろう。そして最後は空中で文字通り飛行船が大爆発。読後感はとても良くない。

好み度:判定不能

 

モントリオールの恋人

むむ。これも特段揺さぶられなかった。不倫の大人の恋、別れ間際の心理描写。緻密に描かれてはいるが、設定以外にどこが大人の恋なのか、だから何だという感じ。しつこく語られる、アメリカ人とカナダ人の気質の違いもちょっと退屈。恐らくカナダ人気質の方が日本人一般(少なくとも自分)には合うんでしょう。モントリオールにはいつか行ってみたいです。

好み度:☆

 

恋するザムザ

あー、申し訳ありませんが、正直、面白くなかった。軽い。自家撞着。「多崎つくる」を読んだときにも思ったが、最近の春樹作品には以前のように心を掴まれることはない。モチーフや技巧は同じか、さらに洗練されている部分はあるのかもしれないが、80年代から90年代の諸作品、特に「国境の南、太陽の西」を読んだ時の、すべてを丸ごと持っていかれる感覚、すべてのディテールが、比喩が、読み手の中の何か大事なものを語っている、魂のどこかに直接触れられている、そういった親密さが消えてしまったような気がする。どうなんでしょう?

好み度:(「恋と水素」とは違う意味で)判定不能

 

色々率直に書かせていただきましたが、こういう形で、アメリカ中心ですが、世界の恋愛小説を色々と味わえたのは楽しかったです。訳者が言うように、意外なくらい、ストレートな作品が多かったなと。そして、自分がそういうものが好きなことも良く分かりました。多分、大人の恋愛を知らないんでしょうね。それでも、全く、構いませんが笑

最近の村上春樹は『走ることについて・・・』や『職業としての小説家』など、自分自身を率直に語る文章のほうが、ぐっと、心に響きます。こういう生き方をしてみよう、できそうなものを取り入れてみようと素直に思います。

 

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ちなみに、この本は、東京からドバイ経由、アフリカ行きの長い機内で一気に読みました。そして、残りの時間で『君の名は』を見ました。

一時期流行った「人の入れ替わり」に、時空の超越、日本人の生死観といったスピリチュアルな要素が加わり、とても面白かった。ただ、最後に二人をすれ違わせる必要は全くなかったと思いますが・・・

 

 

平家物語、哀惜、そして鎮魂

平家物語」現代語訳(河出書房新社刊)を読み終えました。初めての通読。

(帯の絵がとても良いです!はがきも挟まっています)

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最初から最後まで、哀切極まりない物語でした。累々と連なる、別離。夫が、妻が、子が、兄弟が、次々と愛する人のもとから去っていく。その悲しさ、痛ましさ。

 

前半は清盛に疎まれた者、平家に敵対した者が、清盛死後の後半は、木曽が、そして平家一門が、ひとり、ひとり、闇の中に、ふっと吸い込まれていきます。

 

血しぶきが散るような壮絶な死であっても、ふっ、と虚空に吸い込まれるようなイメージで描かれている、語られている、そんな印象をうけました。

竹内浩三『骨のうたう』の一節、「ひょんと死ぬるや・消ゆるや」が重なりました。時代は作品形態は全く違いますが、表現の方向性は共通していると思います。日本人の「死」に対する感受性の一つのあらわれかもしれません)

竹内浩三 骨のうたう(原型)

 

そして、それぞれが死の間際に残す圧倒的な余韻と存在感。この世に生きた、その証。一人、ひとりと死んでゆく、その痛ましさがひしひしと胸に迫り、なかなか、読み進められません。時には目頭がじわりと熱くなるほどでした。

 

権力を手中にしておごり高ぶった平家。背く者たちに非情の限りを尽くし、貴族社会での栄達の中に鍛錬を忘れ、その間に力をつけた源氏に追い落とされて、たった20年ほど、二世代の輝きの果てに西海に散る。平家の滅亡は、そんな自業自得の物語として広く解説されてきました。

 

それはそれで、その通りなのでしょう。しかし、すべて読み通すと、物語の軸は、平家への、その他敗れ去った者への鎮魂、惜別の思いを強く感じます。

 

そして、源氏中心の視点にはない新たな発見がたくさんあります。

 

平清盛の死後、一つのエピソードが語られます。それは、大輪田の泊の築港に際して、人柱に反対したことです。これは、一般にはあまり知られた話ではないでしょう(12年の大河ドラマ平清盛」では描かれていたかもしれません。あまり記憶にありませんが・・・)。

 

平家物語での(とりあえずの)悪役ぶりはさておき、貿易への関心などの開明性や、平治の乱で頼朝の命を助けるなど冷徹になりきれない性格も広く知られています。これはその代表例ともいうべきものでしょう。

 

物語でも、平家一門の悲劇は清盛の悪行が招いたものだと繰り返し語られますが、実は著者(語り手)も聞き手も、悪役清盛というのは、実像はさておき、物語を語る上で与えられた役割であったことを意識して語り継いできたのではないかと思います。

 

なにより、平家一門が、決して一枚岩とはいえないまでも(平家物語でも、都落ちに際しての頼盛の離脱や、小松一門と言われた重盛の子孫に向けられた、本家からの懐疑の目線が描かれています)、殺しあうことなく、最後まで苦楽を、運命を共にしたこと(その後の残党狩りで命を落とす一門も含め)。

 

これは、猜疑心が重なり、兄弟、親子同士で殺しあって嫡流が途絶えた源氏とは対照的のように思います。

 

そして、命のやり取りをしあうぎりぎりの戦場にあっても、詩歌や管弦、つまり、心を豊かにするものを常に身にまとった穏やかな心。確かに、これでは屈強な東国武士にはかなうはずもありませんが、忠度も、敦盛も、それ以外の公達も、みな勇敢に戦い、その死は、打ち取った者の、敵味方の熱い涙を誘いました。

 

一方の源氏は、功名心にはやった卑怯なふるまいの数々・・・越中前司盛俊をだまし討ち、忠度が念仏を唱えている間に容赦なく首を落とす、那須与一のエピソードの直後に、喝采して踊る平家の舞人を射殺す、などなど・・・かなり最低です(怒)。

 

義経の電光石火の奇襲作戦も、戦上手の面目躍如にふさわしいのですが、それほど魅力的には思えませんでした。都大路で一門の首を引き回すとか、壇ノ浦で船頭を射殺すとかも感心できませんし・・・

 

一方で、平重盛の圧倒的な人格者ぶり・・・これもほぼ創作といわれていますが(大河ドラマ平清盛」で描かれていたように、スケールの大きい父と後白河院の間で神経をすり減らした「マジメな人」という評価が定説のようです)、あそこまで神がかって描かれると、自分も手本にしたくなるくらいですね。

 

平家贔屓が過ぎてお恥ずかしいですが、とにかく、語り手の意識の軸は、明らかに平家一門と、消えていった人々への哀惜と鎮魂にあることは間違いないと思います。誰も、語るものがいなくなった一門に代わり、語り、伝える。八百年の時を超えて語り継ぐ。

 

平家は歴史的にも、貴族政治と武家政権の過渡期に位置し、大陸との交易を軸に置く経済政策など、とても開明的、先進的であったと言われています。

 

その内実は全く知りませんが、平家物語に込められた一族への哀惜の念は、短くとも栄華を極めた殿上人、公達への惜別というだけでなく、平氏政権によってつぼみが開きかけ、散ってしまった、実現しなかった新しい時代の予感のようなものを惜しむ気持ちが含まれているような気がしてなりません。

 

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羊あふれる犠牲祭前のダカール

12日はイスラム教の犠牲祭でした。

犠牲祭はアラビア語でイード・アル=アドハー。一部の地域ではクルバンやタバスキとも言いますが、ここ西アフリカでは「タバスキ(Tabaski)」と呼びます。

犠牲祭はイスラム教徒によるサウジアラビアの聖地メッカへの大巡礼が終わりを迎えるイスラム暦12月10日から3~4日間行われ、この間、イスラム圏の国々では休日となります。欧米諸国等の非イスラム圏でも、イスラム教徒が多数居住する地区では犠牲祭にかかわる宗教行事が行われることがあります。

犠牲祭に際して、イスラム教徒は神(アッラー)への捧げ物として、羊や牛、山羊などを屠り、貧しい人々と分け合うことが習慣となっています。

イスラムの人々にとって、年に数度とない、熱気あふれる祝祭日となります。老若男女、皆がお祝いの準備に忙しく、もちろん、仕事などにはまったく身が入らなくなります。

前置きが長くなりましたが、私は犠牲祭の直前の数日、セネガルダカールにいました。

コートジボワールイスラム教徒は人口の3~4割程度ですが、セネガルはおよそ95%と言われるイスラム国家です。この比率を反映してか、タバスキを控える町の様子はダカールアビジャンではだいぶ違います。ダカールでは町のいたるところに羊の市が立ち、家路を急ぐ車の渋滞があちらこちらで渦を巻いて、待ちに待った祝祭を迎える熱気に包まれます。アビジャンでもところどころに羊の市が開かれ、スーパーにタバスキセールの広告が立ちますが、町全体の雰囲気はいつもの祭日とあまり変わりません。

ダカールではとにかく羊、羊、羊。さすがに市内中心部ではあまり見かけませんが、中心部から少し離れると道路わきのいたるところに市が立ち、羊を求める男たちが真剣に品定めをしています。

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今回お世話になったレンタカーの運転手によると、羊は近隣のマリやモーリタニアから輸入されるそうですが、最近は国内産も増えてきたとか。値段は重さではなく品種によるそうで、日本円で1万円弱から、高いものになると10万、20万するそうです。高級品種をネットで販売する会社もあるそうです。運転手は約1万5千円で若い羊を2頭買ったそうです。計3万円とはいえ、つつましい暮らしをしている西アフリカの庶民にとっては、恐らく、年に一度の大きな買い物なのでしょう。「年をとって大きい羊は肉も硬め。でも、いい品種だと大きくても柔らかいんだ。お金があれは自分で羊や動物を育ててみたいな」とのこと。

買った羊はタバスキの当日、自分が屠ると言っていました。以前はお父さんがやっていたそうで、親子で受け継がれるみたいですね。当日は朝10時から、イスラムの指導者による祈りの放送が30分ほどあり、それから屠るのだそうです。

どこまで行くのか、筒香選手!

ベイスターズの筒香選手が大活躍です。

筒香がえげつない!セ界初の3試合連続2本のホームラン!そのホームランをすべてご覧ください。 - YouTube

打席での静かな雰囲気、腹が座った見事な構え、「一閃」としか言いようがない驚愕のスイングスピード、一瞬でライトスタンドに突き刺さる強烈なライナー。特大の場外ホームラン。レフトの前段に舞い落ちるふわりとしたホームランも見事です。

まさに、サムライ。本当にすごい選手になりました!

彼の野球人生はまだまだ続き、果てしない伸びしろのある選手ですが、すでに間違いなく球団史に名を刻むバッターです。そして、このまままっすぐに努力を続ければ、間違いなく歴史に名を刻む名選手になるでしょう。

それは、ファンが祈りを託せるような、そしてそれを背負い、応えられるような、そういった神々しい選手です。出場するだけで心震える選手です。

バッターでいえば、私の子供の頃は山本浩二。同年代では松井秀喜。こういった存在です。

大洋時代から応援して30年以上。弱小ながらも多くの好打者を輩出し、また、海の向こうから迎え入れてきました。松原、シピン、田代、長崎、高木豊(由一も)、リー、ポンセパチョレックブラッグス、レイノルズ、ロバート・ローズ石井琢朗鈴木尚、佐伯、ウッズ、多村、村田、内川・・・「マシンガン」のように好打者の名を連ねましたが、特に最近は、その多くが横浜を出て他球団で活躍した(ている)ことはご承知の通りです。

それには、負けがしみついた弱小球団の構造的な問題があるのかもしれない。

4522敗の記憶 [ 村瀬秀信 ]

しかし、筒香選手には横浜を去ってほしくない。

タイプは違いますが、梶谷選手と二枚看板で長く元気に活躍してほしい。

もし、もっと大きくなるためにメジャーに行くならそれでいいけど、国内他球団にはできれば行ってほしくないし、黒田選手のようにまた戻ってきてほしい。

今年はカープにはかなわないかもしれませんが、二位は絶対。そして来年は投手陣をさらに引き締めて優勝を本気で目指してほしいし、また、目指せると信じています。

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小さい足に合う靴のはなし:たとえばstefanorossiのデッキ

突然ですが、私の足はかなり小さいです。

素足で親指の先からかかとまで23センチ弱。おまけに幅も細く、甲も低い。気に入った靴でもサイズがないのはほぼ当たり前。紐靴やブーツ以外はあまり好きに選ぶことができません。たとえばローファーの革靴はまずダメ。細いかかとがスリッパみたいに脱げてしまいます。仮に、試し履きしてサイズが合ったとしても、サンプルで陳列している(私にとっては)大きなサイズの靴と、実際履いてみたちっちゃな靴とでは、同じデザインなのに全然印象が違う時があります。靴それぞれに「一番映えるサイズ」というのがあるのでしょうね。

大体がこんな調子で、自分の足に合い、かつ気に入ったものを見つけるのはなかなか大変です。

そんな中、私がプライベートで重宝しているのが、stefanorossiのデッキシューズです。一番小さいサイズ(24センチ、ヨーロッパサイズで38)であれば、私のかかともパカパカしません。

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このモデルは紐の部分のデザインがすっきりしていて、履き心地も足がふわっと包まれるようなやわらかい感触が気に入っています。カラーも豊富で、商店街のABCマートで選んだ時もなかなか楽しめました。

難点は、ドライビングシューズということで、頑丈ではないのと、靴底がやわらかい素材ですり減りやすいことでしょうか・・・まあ、この辺は人と同じで、シューズの個性に合わせて大事に履いていけばよいかと。

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気に入ったシューズで自分の足に合うものがなかなかなく、試し履きの時も半ばあきらめているので、自分のサイズに合い、見た目もしっくりくる時は、ヨッシャ!というか、多少、小躍りしたくなるような気分になります。

私が今住んでいる西アフリカのフランス語では、welcomeを、"bonne arrivée"(=good arrival。まさに「よく来たね」という意味。標準フランス語では "bienvenue")と言いますが、ようやく見つけた靴を履きはじめて足になじんできた頃には、「よく自分のところに来てくれたなぁ・・・ボナリベ!」と、しみじみと幸せな気持ちになります。

 


 

 

上咽頭炎・後鼻漏って本当にツライですよね

お陰さまで、私は概ね元気で、大きく体調を崩すということはほとんどありません。でも一つだけ悩まされている症状があります。

咽頭炎と後鼻漏です。

高校生の頃から、年に1回か2回、風邪をひくのですが、ほとんど毎回「上咽頭炎」にかかります。これ以外の風邪にはかからないと言ってよいくらいです(1年ほど前に人生初のインフルエンザにかかったのが、本当に久しぶりの高熱経験でした)。

咽頭炎にかかってすぐに治らないと、副鼻腔炎になって顔面が痛重いわ、痰がのどにそのまま落ちて咳が止まらないわ(眠れません。昼間も咳きこんで仕事にも相当な支障が出ます)、喉の奥まで炎症が広がってガビガビ痛むわで(食事やつばを飲み込むだけでアウト~!)、話す気力もなくなり、熱が出なくても本当にツライのです。

最初は鼻とのどの間くらいがピンポイントでチクチク、イガイガする程度なのが、気が付くと(意外に短時間で)色々なところに飛び火して、同時多発的に苛まれる・・・そんな厄介さが本当にたまりません。

年末年始も、思い切って事務所の休みを長くし、10日ちょっと日本に戻ったのですが、疲れが出たのでしょうか。帰国中はほとんどこの上咽頭炎で、せっかくの日本のお正月を棒に振ってしまいました・・・トホホ

耳鼻咽喉科で処方してもらう定番の薬(炎症止め、鼻水を止めるアレルギー薬、抗生物質、頓服薬)が効いて、3日ほどで症状が収まることもありますが、これでダメだと一週間から10日コースです。毎日、上に書いたような症状に悩まされます。

こういう症状の風邪をひく人が周りにいなかったので、昔は「自分は体が弱いんじゃないか」「抵抗力がないんじゃないか」などと一人で悩みましたが今はインターネットの時代。症状の苦しさを紛らすつもりでいろいろ検索すると、急性、慢性に限らず、悩まれている方が意外に多いことがわかりました。

色々な対処法があるみたいです。例えばこんな感じです。

私はまだどちらも試したことはありませんが、効果はありそうですね。

 ・機器を使った温熱治療

上咽頭炎の症状と治し方

上咽頭炎や鼻咽腔炎の症状を自分で治療する知恵ノート - Yahoo!知恵袋

・鼻うがい

名古屋・昭和区の耳鼻科・高木耳鼻咽喉科医院

 

あと、東洋医学の観点からは、原因(熱?冷え?どの臓器が弱っているかなど)や体質などで対処法が変わってくるようです。こじらせた場合、私は東洋医学漢方薬と鍼治療)の方が合っているらしく、今回もお世話になりました。

後鼻漏(こうびろう)と漢方 | 漢方百科 ~不妊・冷え性・アトピー性皮膚炎・皮膚病などの悩み~ 漢方のイスクラ薬局(東京)

 

私の場合は、上のリンクでのタイプ別分類のうち、②風邪侵入 (病原菌やウィルスの侵入)タイプが多いようで、漢方薬局で問診してもらったところ「鼻淵丸」と「辛夷青肺湯」を処方してもらいました。「鼻淵丸」は2年ほど前に上咽頭炎が長引いた時も飲んだ薬ですが、ペアで処方された薬は違いました(「小青龍湯」だったと思います)。症状・体調(舌なども見て判断)によって細かい判断があるので、素人が勝手に判断するのは避けたほうが良さそうです。

今回も、体を休めつつ、食事のとりすぎにも気を付けお酒も飲まず(年末年始なのに残念!でも、胃腸の弱りは回復の妨げになるので仕方ありません)、鍼とか(胃腸に熱がこもり便秘になっていて、その胃腸の弱りが肺の経絡を通じて鼻とつながっている・・・という説明でした。なかなか面白いですね)、足湯とか色々試しつつ、最後は漢方薬で少しずつ良くなっていきました。

風邪の原因は様々ですし、体質などにもよるので、特効薬としてご紹介するつもりはありませんが、長年の上咽頭炎・後鼻漏体験によると、長引いたときは「鼻淵丸」が効果があるように思います。

名古屋の先生(上のリンク)「謎の病気」とまで仰ってますが、上咽頭炎は意外に厄介で、いわゆる西洋薬で治ってしまう時と、まったく効く気配がない時もあります。場所的に認識しにくいのか、病院に行って症状を説明し、診察しても先生がいまいちピンとこず、適切な診療を受けられないこともあります。

その割には、症状自体はなかなかツライですし、いつも何とか早く治らないかなぁと思わずにはいられません。

以上、上咽頭炎・後鼻漏を天敵にされている皆さんのご参考になれば幸いです。

今年はもうかかりませんように・・・祈

 

ダカール駅の構内に入ってみた

セネガルにはフランスが植民地時代に敷設した鉄道があり、隣のマリまで「ダカールニジェール鉄道(1925年開通)」としてつながっています。

現在は設備の老朽化などから運行本数は非常に少なく、マリの首都バマコとの間の直通運転が週に1回。旅客はダカールから東に70kmほどのティエスという町まで運行しているようですが、あとは貨物輸送を中心に細々と運営されているようです。

 

ダカール駅は港のすぐ近く。ところどころに細かい装飾が施されたファサード(正面)が印象的です。

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ただ、全くといっていいほどメンテされていないので、全体的に傷みは激しいです。正面左のDEPART(出発)の下から入ると、薄暗い駅舎の中にデスクがあり、係りの男たちが何人かいます。昨年初めて来たときは、素通りしたらすぐに呼び戻されたので、今度は一言声をかけてから中に入ります。特段、何かを提示する必要もなくそのまま通してくれました。

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駅舎は荒れ放題とまではいきませんが、管理が行き届いていないことは間違いなく、線路やホームも粗末です。ただ、運行はしているので、奥のほうに進んでいくと、車両整備担当と思われるスタッフが何人か集まっていました。とても動き出しそうにない車両たち・・・右側には事務室のようなものがあり、わずかな運行のため、最低限の業務がなされているという雰囲気です。

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目を見張るようなものもなく、ぼんやりしていると、間もなくしてまた係員がやってきてつまみ出されてしまいました・・・苦笑。連れ出されるときに、週に何本運行しているのか、どこまで運行しているのか等々、いくつか質問してみましたが、単に細かいことを知らないのか、気分を害しているのか、はては私の仏語が通じないのか、「貨物も旅客も運転してるよ」程度のそっけない返事でした。

 

ちなみに、駅前は駐車スペースになっており、ちょっとした憩いの場にもなっているようです。

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運行状況は別にして、駅自体をもっとキレいにしてちょっとした施設(イスタンブールのヨーロッパ側の駅にはちょっとしたホールがあり、イスラム教のダンスショーをやっていましたが、そんなイメージ)にすれば色々面白いのではないかと思いましたが、まあ、そういう駅の活用も、先進国的な発想なんでしょうね。ここではまだまだそれ以前に解決するべき問題がたくさんあるのでしょう。

それにしても、フランスって鉄道が大好きですね。西アフリカには、ここ以外にもアビジャンからブルキナファソニジェールまで続く鉄道がありますし、これもすべて植民地時代にフランスが整備したものです(今も貨物、旅客ともに本数はわずかながら運行中)。

鉄道は巨額の投資を必要とする複雑なシステムだけに、社会が安定し、かつ、高度かつ緻密に内部連携した運営組織が必要です。その意味では、なかなかアフリカにはなじみにくいインフラなのかもしれませんが、是非、日本も中古車両の提供や施設のリハビリにとどまらない、もう一歩踏み込んだ貢献ができたらいいなと思います。

セネガル参考図書。

セネガルとカーボベルデを知るための60章

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(リンク集)セネガル~マリの鉄道については、詳しい方、猛者の方々も何人かいらっしゃるようです。私もいつか乗ってみたいですが、マリも今はちょっと危ないですし当面チャンスはなさそうです。

http://www.alabo.org/senegal/koutuu03.htm

西アフリカ・セネガル&マリの旅行情報 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月

鉄道駅でバマコへの切符を買う@ダカール/セネガル

 

ダカールの空と海

この3か月で二度、セネガルの首都ダカールに出かけました。

「パリ・ダカールラリーパリダカ)」の終着点として名前を聞いたことのある方はいると思いますが、それ以外は、日本ではあまり知られていないですよね。

そもそも、セネガルってどこにあるの?という方も多いでしょう。

ココ!

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アフリカの西の端っこです。

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ダカールのある岬と、ガンビアという小さな細長い国が、ちょうど鼻と口みたいになって、何だかちょっと犬みたいですし、ちょうちんお化けのようにも見えます←センスなくてスミマセン。

 

農業や漁業が盛んで、農産物では米や色々な野菜、ピーナッツなどが取れますし、水産の方でもマグロはじめ色々な魚介類が獲れます(セネガル漁業省の方によると、年間300種類近くの魚が水揚げされるそうです)。日本にはマグロのほか、タコとかタチウオが輸出されているようです。

日本からは自動車や機械関係ですね。最近は韓国車などに押されて日本車のシェアが落ちている国も多いですが、確かに、ダカールでもフランス車にまじって、そこそこの数の日本車を見かけました。

サッカー好きであれば、日韓W杯の初戦でフランスを破ったことや、フランス代表のパトリス・エヴラなどが実はセネガル出身であることをご存知の方もいるかもしれません。

でも、日本からはやっぱり遠い・・・私も、仕事で行くまでは、ほとんどイメージはありませんでした。

 

で、アビジャンからは飛行機で2時間半。実際に行ってみると、これがなかなか面白い町でして・・・

イスラム教徒が多いので、コートジボワールアビジャンに比べ、同じ西アフリカの大都会でも、ダカールイスラムの雰囲気が濃く出ています。大音量で流れるアザーン(礼拝を呼びかけるモスクからの放送)を聞くと、ここはもうイスラムの町といって差し支えないような気がします。アラブ世界とアフリカの接点、交差点とも言えるでしょうか。

一方で、欧米人の観光客もとても多く、開放的な雰囲気です。主にフランス系のお店や外食チェーンも沢山見かけます。ダカールの中心部でパン屋の「エリック・カイザー」を見つけたときは思わずオォー!と言ってしまいました。

ダカールの中心、プラトー地区はフランス、ヨーロッパ風の街並みが残り、治安的にも自分で十分歩ける感覚です。車移動が基本のアフリカでは大変貴重。ホテルからさっと買い物に出て、近所を散歩しただけで、たいへんな開放感を味わうことができました・・・自分の足で思う存分歩けるっていいデス!)

アラブ・イスラムとアフリカが溶け合い、そしてその上にフランスなど欧米の空気が入り混じった、なかなか、エキゾチックな町なのです。

地元の言葉、ウォロフ語も、もちろん私は解りませんが、時々アラビア語やフランス語の単語や表現が混ざり、この町、この国の置かれた地理的、文化的な状況を垣間見ることができます。

その他、食事(チェブジェン)や音楽など、いろいろな魅力がありますが、初めて訪れた私にとっては、なによりも、広々とした大西洋と(アビジャンでは見られない)青空に心奪われました!

 

私がダカールで海と空を眺めた場所は二か所。

一つは、かつて奴隷貿易の拠点であったゴレ島を沖合いに臨む海岸です。

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もう一つは、大西洋を臨む外海に面した高台にある灯台。

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同じアフリカ。住むには決してたやすくないところだと思いますが、ここならもう少し楽な気持ちで暮らしていけるんじゃないかと思いました。

 隣の芝は青く見えるだけかな・・・

 

 

 

琴奨菊関の初優勝と大関・霧島の思い出

1月場所で琴奨菊関が優勝しました!オメデトウございます!

10年ぶりの「日本人力士」の優勝に注目するメディアも多かったですが、そんなことより、長い時間をかけて多くの苦労を乗り越え、なみいる強敵を退けて念願の初優勝をつかんだこと、そのことこそが本当に素晴らしいと思います!

 

優勝後のコメントもとても前向きですし、「心」が充実していれば、これからも必ず優勝のチャンスが巡ってくると思います。

 

ところで、31歳の大関初優勝といえば、平成3年初場所の霧島の優勝を思い出します!

同じ九州出身。14勝1敗の星も、出場した横綱にしっかり勝っているのも同じですね。

この場所、千代の富士は休場していましたが、前年には得意の吊り出しで二度も破るなど、苦手意識もずいぶん克服し、自信をつけていたところでした。

霧島 対 千代の富士(平2.3、平2.11) - YouTube

 

入幕後しばらくは上位になかなか歯が立たなかった霧島。細身の「善戦力士」が、ある場所での大敗をきっかけに一念発起し、特製プロテインドリンクと徹底的なウェートトレーニングでメキメキと力をつけ、大関、そして初優勝まで一気に駆け上がりました。

Ozeki Kirishima - YouTube  

 大関 霧島 名勝負-1 - YouTube ←霧島(陸奥親方)ってこんなによくしゃべるんですね笑

 私は当時高校生でしたが、テレビの画面を通じてみた霧島の変化。勝ち星を重ねるとともに、体つきだけでなく、風格と自信もどんどん身にまとっていった姿がとても印象的で、今でも忘れられない力士のナンバー1です。「変わること、強くなること」のイメージを「心技体」すべてにおいて見せてくれました。そして大関陥落後は、何よりも今自分ができるベストを尽くすことの大切さを身をもって示してくれました。

 

同じ31歳といっても、最近は相撲だけでなく、スポーツ界全般で現役寿命が延びる傾向があるので、そういう意味でも琴奨菊関にはチャンスがあるかもしれません。

 

霧島は残念ながら大関昇進から初優勝の頃までにピークを迎えてしまった感がありましたが、琴奨菊関にはまだ伸びしろがあるような気がします。初優勝後は祝賀会や取材対応などで、稽古に集中しにくいこともあり、霧島含め多くの名力士が二度目の優勝を逃しています。琴奨菊関にはなんとか頑張ってほしいですね!

 

★ちゃんこ霧島。いつか行かねば!

ちゃんこ霧島 (きりしま) - 両国/ちゃんこ鍋 [食べログ]

 

★霧島贔屓のファンサイト

これは、霧島の自伝「踏まれた麦は強くなる」の仏訳者の方が運営されているのかと思います。ものすごい霧島愛!一度お会いしてみたいです。

霧島と陸奥部屋

 

★自伝「踏まれた麦は強くなる」

引退直前の自伝。仏訳もされています(日本語原版と写真が対になってるのも素敵です。仏題は『ある力士の自叙伝』)。細身でシャイな薩摩の少年が、先代井筒親方に励まされ稽古に励む日々、新十両を決めた一番でお母さんに電話した時の様子など、随所にジーンとくる話がいくつもあります。シラク元大統領も読んで感動したとか。並べて読むとフランス語の勉強にも良いです。 

踏まれた麦は強くなる―辛抱・値千金

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   霧島のほか、ライバル小錦、曙も収録されています。  

大相撲大全集~平成の名力士~ 弐 [DVD]

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『忘れられた巨人』〜そう簡単に恨みは消せない

このたびの従軍慰安婦問題をめぐる日韓合意はとても唐突に感じました。

なぜなら、今の日韓両首脳にとっては、お互いの敵意のようなものを煽りつづけること自体が政権のアイデンティティであるかのように見えましたし、実際、それによって利を得ている部分もあったと思うからです。

特に韓国では国民の対日感情をコントロールすることが政権運営に直結するでしょうし、しかも、今回の合意によって、例の「慰安婦像」の撤去問題など、ボールを持つのは韓国側になります。反対派の説得は容易ではないでしょうし、韓国側にとって今回の合意はリスクが大きく、進める動機があまり見えないのになぜ?というのが正直な感想です。

「唐突な」合意は日韓が自発的に歩み寄ったのではなく、東アジアの安全保障での役割縮小を望む米国が、その一環として日韓の外交関係改善を強く求めたのだ、という分析がちらほら見られます。真相は分かりませんが、米国が「世界の警察」としての役割を縮小させたがっているのは確かでしょうし、世界の安全保障において米国が撤収傾向にあるという文脈からみれば、それなりに納得できる見方だと思います。

ところで、今回の合意を受けた

『子や孫の世代に謝罪し続ける宿命を負わせるわけにはいかない』

という安倍首相のコメントには、なんだかとてもモヤモヤした気持ちになりました。

私は従軍慰安婦に関する実態を知りませんが、強制の程度の差こそあれ、植民地支配という構図の中で発生した出来事であるということは事実でしょう。

そして、従軍慰安婦を含め、朝鮮人が戦前に日本から受けた抑圧が、個人的体験としてではなく、同じ苦難に遭った国民や民族の集合意識として連綿と受け継がれていること。そして、日韓関係に限らず、このような集団的記憶は仮に教育などをしなくてもそう簡単に消えたりしないこと、いったんは忘れたように見えても何かをきっかけにいとも簡単に甦うることは、これまで数えきれないくらい起きてきた民族紛争や暴動、テロを見ても明らかなはずです。

今回の首相のコメントは、二度と謝罪をしなくてもよいどころか、新たな抑圧と敵意の種を蒔いているに過ぎないように見えてなりません。

最近私が読んだカズオ・イシグロの『忘れられた巨人』でも、民族などの集合意識の中で再生産される憎しみが重要なテーマになっており、それが世代を超えてどのように受け継がれるかを、ブリトン人と深い交流を持ちながらも同時に憎しみを持ち続けるサクソン人の戦士と少年との「同胞を虐殺したブリトン人を憎み続ける約束」を通じて端的に描いています。

 

アーサー王伝説などを題材にとったファンタジックで親しみやすい体裁をとっていますが、「民族(集団)」と「個人」という二つのレベルで、忘れられ、抑圧された憎しみがどのように扱われうるかという、かなり重いテーマが描かれています。

イシグロは明確な答えを出しているわけではありませんが、重い問いをそのまま投げかけているだけでもなく、個人間の抑圧された悲しい記憶は何かしらの努力で昇華しうる一方で(ラストのシーンが一抹の不安を投げかけてはいますが・・・)、集団の記憶はいかなる個々の努力をもってしても、被害者の側は憎しみの歴史を語り継いでいくという、一つの仮説を提示しているように読めます。いずれにしても、集団に刻み込まれた負の記憶はそう簡単には消せないのです。

日韓関係に横たわる歴史認識問題において、謝罪の繰り返しを断ちたいという首相の思いはわからなくはありません。しかし、抑圧された側の(集合的な)記憶を消し去ることなど到底できませんし、そのことを忘れた議論もまた成り立ちません。

日韓が、加害者・被害者という容易に忘れがたい立場を背負いつつも、それにとどまらない複合的な視点から、近代史の中でなぜ日韓があのような歴史を歩んだのか。そして、これからは米国の影響力が相対的に低くなる中で東アジアの安定のために自律的にどのような役割を果たすべきなのか。

日韓がこれらのことを考えられる関係になるためには、ここで「もうこの話はしない」といわんばかりのコメントを、一国の長が、そのまま、ストレートに述べることに意味があるとは思えないのです。